オスとメス

 100周年記念館が完成し、我がK高はにわかに活気付いた。放送部の後輩たちも新しい環境でPA(マイクで音を拾って部屋中に鳴らす仕事)を行うべく機材をいじり始めている。ケーブルと悪戦苦闘している彼らを見て、僕はふと四年前の出来事を思い出していた――。


 四年前。つまり、僕が中二だった年の春。当時も放送部だった僕は、初めて後輩を持つことになった。何の知識ももたない彼(彼女)らに、一番最初に教えなければならないことは、ずばり、ケーブルの種類である。同じ音を伝えるためのケーブルでも、用途によって先っちょの形がかわるのだ。よく使うのは4種類あり、それぞれ、ピン、標準、キャノン、ミニ、と呼ぶ。同じ形の差込口を繋ぐケーブルのほかに、違う形の差込口を繋ぐための変換ケーブルもあり、さらに、標準とミニはそれぞれ二種類(ステレオ・モノラル)あるので、ケーブルの種類はかなりの数にのぼる。
 放送局員というのは得てして整理整頓が苦手なもので、特にケーブル類というの絡まったりするので、目当てのケーブルがすぐに見つからないことも多い。少し忙しくなると、


「標準キャノンのケーブル探してくれ!!」


とかいう叫び声があちらこちらで飛び交うことになる。標準キャノンのケーブルというのは、片方が標準の形でもう片方がキャノンの形をしているケーブルということだ。ミニとキャノンならミニキャノン、標準とミニなら標準ミニ、ピンとピンならピンピンである。ピンピン。入局したての頃はなんかピンピン言うのが恥ずかしくて言葉を濁らせたものだが(ピンは俗称で本当はRCAジャックと言う)、慣れとは恐ろしいもので、二年時には


「ピンピン!! 早く、ピンピン!!!」


と、叫びまくるようになっていた。


 さて、差込口には形の違いの他に、向きの違いと言うのもある。すなわち、出っ張っているか引っ込んでいるかだ。コンセントで言えば、機械についているのが出っ張っている方で、壁についているのが引っ込んでいる方である。コンセントなら引っ込んでいる方がケーブルについているのは延長ケーブルくらいのもんだが、音を伝えるケーブルは平気で引っ込んでいる方がケーブルにくっついていたりする。なんでもイギリスとアメリカで出っ張り引っ込みが逆だったという歴史的背景があるらしいのだが、とにかく紛らわしい。
 この出っ張り引っ込みにも、先ほどのピンのような呼び名があって、出っ張っている方をオス。引っ込んでいる方をメスという。


 凸 = オス
 凹 = メス


 そもそも、オス、メスという言葉は本来「出っ張り」「引っ込み」という語源らしいのだが、これを説明すると、どうしても、別の想像が生まれてしまう。それは後輩たちも同じらしく、ケーブルの種類を覚えるのに一ヶ月以上かかったのに、オスメスの違いだけは一日でマスターしやがった。


 ただ一人、分かってない女子部員もいた。


「私、オスメスの違い覚えられないんですよー」


 と語った彼女は、同輩達がオスメスをすぐに見分けるようになったのを驚きの混じった表情で見つめていた。あまりに不憫だったので、当時は結構本気で保険の教科書片手に講義をしようかとも思った。結局しなかったけど。だって……、ねぇ……?
ピンピン。